童話「ぼくのリンちゃん」思い出の鯉のぼり

以前息子が可愛がっていたご近所の猫ちゃんが亡くなって、ひどく落胆して滅入ってしまいました。慰めるために書いたのがこの童話です。小学校中学年以上の読者を想定していますので、ルビ(フリガナ)を付けていません。お小さい方にはお父様、お母様が読んであげてくださいね。(こちらの写真は別の猫ちゃんです)

出合い

ぼくが小さい時リンちゃんがいた。初めて会った日のことは、今でもはっきりと覚えている。
その頃ぼくは毎日お母さんと散歩をしていた。ある日いつも通る道が工事中だったので、初めての道を通った時のこと。

風呂屋の高い煙突に冬の夕日が当たり、長い影を引いていた。隣の広い駐車場を通り、塀の上まで届き、そこにリンちゃんがいた。ツンと澄まして、でも僕に「何してるの?」と言いたげな顔をして、尾をくるりと巻いて品良く座っていた。
体は薄っすらと、尾っぽはクッキリとしたこげ茶と黒の縞模様の美しい猫だった。

「ここで何をしているの?寒くないの?お名前は何ていうの?」と聞いても「にゃあ」と言うだけ。
僕が撫でようとすると、お母さんが「待って、冷たい手だと可哀そうだから手袋をして」と言った。そしてバックから出す時、ビニール袋のガサガサという音にサッと顔を向け、首を伸ばしてきた。

「お腹が空いているのかもしれない」とお母さんが言った。でも僕らは猫を飼っていないから餌は持っていない。「ごめんね」と言って撫でようとすると、くるりと背を向けて、塀からサッと駐車場に飛び降りてしまった。

翌日

次の日また同じ場所に行くと、今度は駐車場で、誰かに餌をもらっていた。
「リンちゃん、お腹空いたでしょう。」とその人が言ったので、「リンちゃんって言うの?おばちゃんの猫なの?」と聞いた。
「この近くの猫だけど、飼い主に断って餌をあげてるのよ。もう年だから、柔らかいものしか食べられないけどね。」
そうか、それなら昨日僕とお母さんが買ってきたものは無理だな。諦めて帰ろうとすると、「あら、ちょうどいい所に奥さんが見えたわ」とおばさんが言った。
そして僕らはリンちゃんとお友達になりたいことと、おやつをあげたいことを飼い主さんにお願いした。するとニコニコして、「可愛がっていただいてありがとう。」と言ってくれた。

友達

それからはリンちゃんと遊ぶのが楽しみで散歩に出た。
僕が行くとリンちゃはサッと塀から飛び降り「にゃあ」と言って体をすり寄せ、くねらせながら僕の足の周りをグルグル回る。撫でようとしてもちっともじっとしていない。
「くすぐったいよ、分かったよ、今おやつをあげるから」と言うと、サッと塀に飛び乗りこちらを向く。そして食べ終わると満足そうにペロペロと口の周りを舐めるのだった。
そしてぼくが頭から背中を撫でるとサッと塀から駐車場に飛び降り、くるっと背を向ける。きっと誰かに用がある時だけ塀の上で待っているのだろう。 

いたずらっ子

塀にも駐車場にもいない時は「リンちゃん!」って呼ぶと、どこからか現れる。
ある時は体中に桜草をいっぱい付けて、別の日はチューリップの髪飾りを付けていてすごく可愛いかった。あちこちのお庭でいたずらしまくっているのだろう。想像するだけでもワクワクした。
もうリンちゃんなしのぼくは考えられなかった。

人気者

リンちゃんはぼくだけのリンちゃんではなかった。
小学校のお帰りの時間には、お兄ちゃんやお姉ちゃんがリンちゃんを囲んでいた。
そしてみんなで「ぼくのリンちゃん」「あたしのリンちゃん」と呼んで、可愛がったりからかったりしていた。
それでもぼくには特別の人(?猫)で、ぼくのリンちゃんには変わりはなかった。
ぼくは兄弟がいないからよく分からないけど、兄弟かそれ以上の仲だと思っていた。

別れ

ある時「リンちゃん」って呼んでも一向に現れない日が続いた。どこか遠くに遊びに出かけているのだと思っていた。
一週間程経った時、いつかのおばさんが通って、「リンちゃんは亡くなったのよ。可哀そうに。」と言って泣いた。
「亡くなった?」「死んだの。もう会えないの。」「会えない?僕のリンちゃんに?」
そんなことはない!
僕は塀の周りのあちらこちらに向かって何度も何度も「リンちゃん!リンちゃん!」って呼び続けた。その日はすっかり疲れ果てて、夕ご飯も食べないで寝てしまった。

次の日もその次の日も、それから何日も呼び続けても無駄だった。幼い僕にも死ぬということの意味が段々分かってきた。つまりは会えない、ということなのだ。

四月から風呂屋の煙突に大小二列の鯉のぼりが付けられ、この間まで塀の上のリンちゃんの頭の上で泳いでいたのに、最後にはもう塀に上ることもできなくなっていたのだろう。
もうそこにはリンちゃんはいない。
家に帰り「ぼくはもうお散歩に行かない!」そう宣言すると布団にくるまって泣くだけ泣いた。
それ以来その道を通ったことはない。

思い出の鯉のぼり

今、僕は小学三年生になって、学校で端午の節句の由来を習った。
そういえば5月なのに鯉のぼりを付ける家が少ないことに気がついた。
そしてリンちゃんの背中で泳いでいた風呂屋の鯉のぼりを思い出して、出かけてみた。

久しぶりの煙突、そこにはあの日と同じ立派な鯉のぼりが煙突を中心に丁度三角形にたなびき、空に大きな絵を描いているけれど、もちろんそこにはリンちゃんはいない。
今のぼくには理解できる。リンちゃんは死んだんだから。
でも不思議とそんな気はしない。

ぼくのリンちゃん

目を閉じると突然リンちゃんが現れた。あの日と同じように尾っぽをくるりと巻いて、「何してるの?」という顔をして。それから身体をくねらせ、擦りよせながら足元をグルグル回る。

ああリンちゃんは僕の心の中で生きているんだ。そう思ったとたんに僕の心は明るくなった。今までどうして気がつかなかったのだろう。

家に帰ると、お母さんに言った。「僕、今、リンちゃんに会ってきたよ!今度からいつでも会えるんだ。リンちゃんは僕の心の中にいるんだから」。

別の猫ちゃん
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